LESCAUT
 速水に覆い被さるような格好で吐精の余韻に脱力していくヴォルグを支えきれ ずに、速水は彼から指を抜いてその身体を後ろの窓辺へと自分の身体ごと押しつ けた。布地越しでも伝わるガラスのひやりとした感触にヴォルグがピクリと反応 したが達したばかりのその身体からはそれ以上の抵抗はないようだ。速水の方も 委細構わずにヴォルグの片方の膝裏をとらえてそのまま一気に押し開くように持 ち上げる。速水の眼前に大きく足を開くような体勢になったヴォルグが抗議をし てくる前に速水はヴォルグに自分の熱を押しつけた。
「…ア………ッ?」
 弛緩しかけていたヴォルグの身体が驚いたようピクンと跳ねる。そのまま慣ら しきっていないその場所へと速水が強引に己をうずめていくとひとつひとつ飲み 込むたびにヴォルグの身体はがくがくと震えた。
「ぁあ…、あ、ぁ…」
 先ほど解放されたばかりのヴォルグ自身がまた熱を帯び始めたのがわかる。速 水はもうだいぶ前からとっくに制御しきれなくなっていた自分自身で思うさまヴ ォルグの内側を擦り立てた。
「っあン、ァふ、あふぁっ」
「っ…ふっ、…はっ、…ふぅっ」
 掴まれた肩に鋭い痛いが走ることすら心地よい。ヴォルグは力の入らない腕で 精一杯速水にしがみつこうとする。ますます自分を求められているようで、愛し くて仕方がなかった。
 もっと気持ち良くさせてやりたいし、快感に戸惑う姿も目に焼き付けたい。だ が。
 本能のまま激しく腰を打ち付ける度にヴォルグは身を捩り、泣き悶え、きつく きつく締め付ける。なんていやらしい、気持ち良いカラダ。
「やっ、あふぅ、やぁ、やぁぁ、……はやみ、はやみぃっ……」
 ヴォルグは泣きじゃくって限界を訴える。もはやきちんと日本語が喋れなくな っている、そんな声で名前を呼ばれるのは反則だと毎回思う。
「っく……はぁっ、ヴォルグ……っ」
「あふ、あはぁっ、やだあ、はやみっ……あ、あ、あ、あっあっあっ……」
 甘く切ない吐息を短く繰り返して、ヴォルグが二度目の放出をすると同時に、 速水はヴォルグの熱く狭い中で果てる。この快感と言ったら、というレベルだっ た。
 ヴォルグは声もなく痙攣するのみで、ほぼ意識は酩酊している。濡れた瞳と短 く呼吸する唇から見える紅い舌。はだけられた胸元。うなじに張り付く柔らかい 髪。辛うじてしがみついている白い腕。こんなにも無防備な姿を晒して、それを 見ているのは自分だけだと思うとじわり、と胸に満足と優越が満ちる。
 誰が手放すか。
 速水が己を引き抜くと支えを失ったヴォルグの身体はずるりと膝から崩れた。そ の身体を速水はひどく大事なものを扱うように抱き留める。まるで足下のおぼつ かないヴォルグを抱えるようにして速水は室内へ足を踏み入れた。その数歩先に あるだけの少しも乱れのない真新しい布団を目にすると、どれだけ自分たちが余 裕もなく性急に交わったかを物語っているようで思わず苦笑がもれる。
(……ったく、十代のときだってこんなこたなかったぜ…)
 ヴォルグにはいつもペースを乱される、この男は少しも気付いていないようだが 速水からすれば翻弄されっぱなしと言っても過言ではない。
 速水は無造作に片足で掛け布団を蹴り上げて空いた寝床へとヴォルグをゆっくり 横たえた。立った体勢をずっと保っていたせいかヴォルグの浴衣は乱れてはいる がまだ片肌をはだけただけの状態で帯も完全には解けていなかった。だが逆に大 きく割り開いてしまった裾からやけに白い片脚が太股まで覗いていて恐ろしく扇 情的な姿になっている。
 今にも貪りつきそうになる自分をなんとか堪えて速水が身体を起こすと、ぼんや りとしながらもその気配を感じたのかヴォルグがかすれる声で「行かないデ」と 気だるげに腕を伸ばそうとする。ついさっきかなり荒々しくその身体を穿った自 覚のある速水としてはそれでも半ば無意識に自分を求めるヴォルグに少なからず 衝撃を受けた。自分がどれほど醜い独占欲をヴォルグに対して抱いているか知っ てるのだろうか…この、まるで汚れのないように見える男は―――。
 頭をひとつ振って速水は部屋に備え付けの水差しから注いだ水で渇いてしまった 己の喉を潤すと、もうひとくち口に含んで速水を待ちこがれるヴォルグへと近づ いた。その首筋を少し持ち上げて口移しに水を与えるとヴォルグは口の端から滴 を溢れさせながらも飲み干して「もっと…」と甘えるようにせがんだ。
 速水はさらに口移しで水を与えてやりながら、解けかけていたヴォルグの帯を片 手で引いて部屋の隅へと放り投げる。
 どのみちこんなヴォルグを前にしてこれ以上何もせずになどいられる訳はないの だ。
 ヴォルグの唇を開放してやると、荒い呼吸でうっとりと瞳を開く。全身に目を やると、胸や腹、太股に飛び散ったものと、なめらかな体の線を強調するだけに まとわりついたような浴衣が酷く淫らだ。つい、と冷めた愛液を指で擦りつける ように撫でると、ヴォルグはびくりと反応した。
「や、ヤァ」
 たくさん出たな、と耳元で囁くと、ヴォルグの頬がさぁっと紅潮した。そのま まぬるぬると脇腹のあたりを撫で上げると、羞恥に抗議するように速水の腕を掴 み、身を捩った。
「っひゃ、あぅ」
「良かったか」
 ヴォルグは瞳を潤ませて、それでも速水がじっと自分の反応を見ているのを知 ると、きゅう、と目を瞑り、俯いた。
 その反応がどれだけ相手の人間の嗜虐心を煽るか少しも判っていない。
 五本の指先を立てて、ヴォルグの肩から鎖骨、みぞおちから腹部までなぞると ヴォルグの体は面白いように跳ねる。指先を戻して、胸の突起のまわりを円を描 くように辿る。中心には触れない。
ヴォルグはしばらくきつく目を閉じて堪えていたがそれでもその行為から先へと 一向に進める気配のない速水にしびれを切らしてか速水の手をぎゅっと握ってき た。
「は、やみ…イジワルしてる…、ンですカ…?」
 それは情事のうえでの甘いピロートークではなく本当に判らなくて聞いている口 調なところがヴォルグらしいと速水は思った。思って、そんなところにますます そそられるのだから始末が悪い。
「……どうしてイジワルだと思うんだ…?」
 それはもう本当に意地悪な気分になって速水は逆にヴォルグへ聞き返す。
「ダッ…!!…………テ………」
 勢いよく喋り始めたかと思うとすぐに自分がとても口に出来ない内容だと気づい たのかみるみるヴォルグは真っ赤になって口ごもった。それでも言い返せないこ とを悔しがってか瞳を潤ませたまま速水を睨み上げてくる。
 リングの上では狼と評されているその眼光も、こんな場面では速水にとってはた だただ可愛いばかりだ。
 楽しくなって「うん?」とその先をワザと促すように首を傾げると口をヘの字に して恨めしそうに見返したヴォルグが何を思ったか突然口を開いた。
「…ボクがトテモ困っているのに速水は一人で楽しそうでス…ッ!!」
 怒ったような口調でヴォルグが言うのに速水は一瞬意味が判らずキョトンとし、 次の瞬間にはたまらず吹き出した。
「……くっ……、そ、そりゃ確かに……っ」
「どうして笑うんですカ!!」と心外そうに言われるのもおかしくて速水は笑い が止まらない。とうとうむくれてぷいと横を向いたヴォルグの耳元でようよう笑 いを収めた速水が楽しげに囁く。
「…でもお前も…困るばっかじゃなかっただろ…?」
 そして言いながら意味深にヴォルグの腰に己の腰を押しあてた。
二人の熱がぐ、と擦れ合い、ヴォルグは一瞬焦って速水の腕を掴む。
「んっとに、カラダは正直だよなァ」
 自分の浅ましさを見せつけられたとでも思ったのか、ヴォルグは耳朶まで紅く 染めた。
「お互いに、だけど」
 速水は笑って、ヴォルグの首筋を指でなぞり、紅く色付く小さな突起を、今度 こそきゅう、と摘みあげた。
「っひゃゥ!」
 びくっ、とヴォルグが身を捩る。あまりにも素直な、可愛らしい反応に、焦ら した甲斐があったとばかりに人差し指の腹でやわやわと転がし始めた。時には柔 らかく、時には強く。
「ゥ、アゥ…やぁっ、ァ」
 ヴォルグはのけ反り、首を振り、無意識のうちに涙を溜め、ちいさく震え出す 。速水の手はどこまでも優しく強烈にその箇所を責めあげる。指先一つでヴォル グが乱れるさまは、速水の脳の中枢を激しくショートさせた。
「……ヴォルグ、お前、やらしすぎ」
 耳元で笑みを含んだその言葉に、ヴォルグは泣きそうな顔を向こうにそむけた 。
「そんなにいいか」
 爪の先をほんの微かに触れさせる程度にかりかりと突起を小刻みに引っ掻き、 速水はヴォルグの表情を確かめる。急にもどかしくなった愛撫に、ヴォルグは体 と心の変化に対応出来ず、呼吸を荒くしたまま視線を彷徨わせた。速水はぷっく り立ち上がったそれを親指と人差し指で引っ張るように強く摘んだ。
「ひゃあァ」
 甘い、あまりにも甘い嬌声。快感に打ち震えるヴォルグの姿に、もはやどうし ようもないほど興奮する。
 こんな風に己の手によって与えられる快楽を享受するだけの、ただ為す術も無く 乱れるままのヴォルグを速水としてはいつまでも眺めていたい。この胸の刺激だ けで達するものならじわじわとそこまで追いつめて、心ゆくまでヴォルグの変化 を堪能していたい。だが心はそれを望んでも速水のまだ一度解放しただけの身体 はとてもじゃないがそんな悠長に構えてはいられないと脈打つ熱が伝えてくる。 胸の突起に緩急をつけて責めるたびにヴォルグがビクビクと震え、無意識にかそ の下半身をよじっては速水に熱をこすりつけてくるのだ。そんなまどろっこしい 刺激だけでは足りなくなってたまらずヴォルグに貪りつく自分がいつ現れてもお かしくない。
 速水はほとんど解けていた己の帯を外してほとんど用を足していない浴衣を振る い落とした。あらわになった速水の裸身を陶然と見上げたヴォルグが待ちきれな いようにその腕を伸ばしてくる。そのヴォルグの様に知らず口元に笑みを刻みな がら速水は互いの素肌を絡めるようにヴォルグを抱き込む。
 そして先ほど散々なぶって固く尖らせたそこへと今度は舌を這わせた。
「ァア…ッッ!!」
 たまらないというようにヴォルグが仰け反る。
 もっと、もっとだ。快楽に泣き叫んで、オレだけに、誰にも見せないお前の姿 を見せろ。
 だがはやる心で前歯と唇で扱くようにきつく吸い上げた途端、ヴォルグはふあ ァ、と一声啼いて、体中を痙攣させた。速水の腹に熱い液体の感触。
「ゥ……ヒッ……」
 目の焦点も合わず、弛緩させた体を時折揺らしながらヴォルグはすでに達して いた。
「………すげぇな…………」
 よく胸だけでイケるもんだ、と感嘆混じりに囁くと、ヴォルグは碧い瞳から涙 をぽろぽろと零した。
「……へ、ン……です……か………ごめん……なさイ……」
 いや、いいよと速水が体を起こすと、いやいやをするようにヴォルグが力の入 らない腕を伸ばして来る。
 ああそうか、と抱き締めてやりながら速水は理解した。お互いの素肌が触れ合 っていたからだ。布越しでない本物と、隙間無くぴったりと抱き締めながら愛撫 を施してやっていたからだ。
 そんなに、触れていたいのか、オレと。
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