ヘカティ・ブラボー!>>>2










 アルフォンスは目を見開いて、どこか悲しみを堪えるように顔を歪ませた。ふいに思い切り身体を倒し、オレの唇に唇を押し付ける。
 アルフォンスはオレの頭を大事そうに両手で抱えている。どことなく必死さが感じられるのが愛しくて、アルフォンスの背に腕を回し、自分からもアルフォンスの唇を求めた。
 アルフォンスと裸で抱き合っている。オレはどうにも気分が高揚している。自分からアルフォンスに身体で応えてやるなど、少しばかり甘やかしすぎだと自分でも思う。それまではこいつと肌をあわせるなんて、考えもしなかった。
 だがオレは人間の身体を取り戻してからの、本当のアルフォンスを『知って』しまった。オレに惚れて惚れて惚れ抜いているアルフォンスはそれを覚えていない。ああ、理不尽だ。オレもそうだが何より、こいつが言っていたようにこいつこそが哀れ以外の何ものでもない。
 アルフォンスが愛おしい。世界がひっくり返ってもブラコンのオレは、おまえが望むことをなんでもしてやりたいと思う。要するにオレは今、我に返っていられないくらいほだされているのだ。
 そして間違いなく、オレのしたいことをやっている。
 せわしないキスの合間に、アルフォンスは声を震わせた。
「兄さん……ごめ……っ、抑えらんない。どうにかなりそう。……とっくの昔から離れられないってのに、そんなこと言われたら」
「……ん……っ、……好きに…しろ…、オレにやりたいこと、いっぱいあったんだろ」
 アルフォンスが唇を離したので、オレは少し不満げにアルフォンスを見た。喋りにくいくらいの口付けが心地良かったのだ。目の前のアルフォンスは真剣な顔つきをしている。
「したいこと……ある。いい?」
「何だ」
「兄さんの………………ここ。口で………したい」
 アルフォンスはオレの下肢に腕を伸ばしてそこに触れた。そこはわずかに立ち上がっていて、オレは一気に頬に血が上がった。
「だめ、って言ってもやるけど」
 そりゃそうだ。オレが好きにしろって言ったんだ。いや、しかし。逡巡しているうちにアルフォンスはごめん、とひとこと呟いて、ぐっと身体を下げた。
 オレは焦って思わずアルフォンスの腕を掴もうとしたが、逆に捕まえられ、動揺しているうちにアルフォンスの左手で、オレ自身を捕まえられたのが判った。
 う、うわっ。ちょっと。
 アルフォンスはしばらくそれを見つめたかと思うと、おもむろに顔を近づけ、キスをした。ビリッと電流が流れた気がした。銜えようとしたのを見て腰を引こうとしたが、遅かった。
 そこにとろりと濡れた熱い感触がきて、オレは思わず声を上げた。体中がぞくぞくと震える。オレは思わず目を瞑った。
「ぅ、あっ」
 その感触はあちらこちらに移動したかと思うと、一気に粘膜に覆われた。何をするんだと抗議しようにも、みるみるうちに顔に血が上る。噛み締めた唇から吐息が漏れる。ちゅっ、ちゅく、と水音が聞こえる。凄まじい勢いで頭の中がぐちゃぐちゃになった。何がなんだか判らぬうちにオレは頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなった。
「…………っっ! 」
 自分が達したとようやく理解してから、アルフォンスが咳き込んでいるのに気付いたが、オレは口に手の甲を当てたまましばらく呼吸を続けるほか無かった。どっどっどっどっ、と耳元に心臓が移動したのかと思うほど物凄い音で脈打っている。だがそうこうしているうちに、アルフォンスはすぐにまたオレのものを銜え込んだ。
「なっ……、ぅぁ、あ」
 アルフォンスは一心不乱に舐めて、しゃぶって、頭を上下に動かしている。
 なんつー、ことを!
 見た目の卑猥さと水音と恥ずかしさといたたまれなさ、それから津波のように押し寄せる、全身がそそけだつあの感覚。
「……っちょ……ア、ル、………っく、ぅ……っ」
 頼むもう勘弁してくれ、とアルフォンスの頭を力の入らない両手で掴んで剥がそうとしても、アルフォンスは引くどころかますます身体を押し出してくる。オレは完全に涙声でアルフォンスの名を呼んだ。
「あっあっ、アル……フォンス……、っっ」
 びくん、びくん、と身体が跳ねるのが判る。ぎゅう、とアルフォンスの頭を掴んだ指に力が入る。何かがはじけた感覚がこれで二度目。オレは短い吐息を最後に吐いて、体中を弛緩させてソファに沈み込んだ。
「……ぁ、……はぁっ…はぁっ…はぁっ…」
 何も考えられずに荒い息だけすることに努めていると、太腿や腹にさきほどと同じような感覚が這っている。そのたびに反応する身体をおさえ、首をまげて見てみると、アルフォンスがオレの放ったものを残さず舐め取っているのだった。
「おま…………っ、………の、なぁ………っ」
 アルフォンスは聞こえているのか聞こえていないのか、丹念に手も這わせながら確認して舐め取っている。びくびくと反応するからだを恨めしく思いながら、もういい! とかすれた声で言ってみる。
「何がいいの。……あちこちに飛んでる。もったいない」
「な、に、が……っ、もったい……」
「ああ……兄さん」
 満足するまで確認したらしいアルフォンスが半身を起こし、オレを抱き締めてくる。オレは身体に力が入らないのでされるがままになる。
「………おかしくなっちゃいそう」
 アルフォンスはオレの顔にキスを降らせながら熱っぽく囁いた。
「はじめて、兄さんの、飲んだ。初めて舐めた。ずっとしたかったんだ。……嬉しい……」
「………………………」
 まるで桃源郷にでもいるようなアルフォンスの声に、恥ずかしいというよりも前にオレはうっかり、良かったなぁ……などと思ってしまって自分で呆れた。
 そのあいだにもアルフォンスは熱に浮かされたみたいな顔つきで、大きな手のひらでオレの体をまるで何かを確認するようにゆっくりゆっくり撫で回している。心地良さとむずがゆさに身体を捩っただけで、逃げないでと言わんばかりにつよく抱き締めてくる。
「きれいな、肌……。気持ちいい……」
 ぞくり、と身体が震えた。アルフォンスの声はさきほどから、ひとつひとつが何を喋ってもオレの体というより神経そのものを刺激してくる。こいつの本音がダイレクトに伝わってくるのだ。好きだと、愛していると、そういう言葉にしなくても何かを喋ればそれだけで。
 思い出した。こいつが鎧だったときから、オレはアルフォンスの声だけで達したこともあったのだ。
 アルフォンスの指がオレの胸をゆるく伝ってきて、そこに触れられた途端に身体が跳ねた。
「ぁ、っん」
「凄い……かわいい。前とおんなじ……かたちも色も、こういうときは、こんな風に」
 こんな感触なんだ、と感慨深げに何度も撫でられ、オレは意識せず涙目になってアルフォンスにしがみついた。どうしていいか判らないこの感覚はいつまでたっても慣れなかったし、今でもそうだった。アルフォンスが指をどう動かしているかなんてほとんど判らないのに、体中を突き抜ける感覚はどうしようもない。
「ふぁ……っあ! あぅぅ!……あっあっ」
 ちゅう、と吸い付かれて物凄い声が出た。赤ん坊のように吸い付いてくるアルフォンスの少し固めの短い金髪を掴み、力の入らない指でぐちゃぐちゃに掻きまわしてオレは仰け反った。アルフォンスはますます激しく何かをしている。オレは見えないのでひたすら素直にこの感覚を甘受するしかないのだ。というか、
 うーわー、死ぬ。
 アルフォンスは今一体オレがどんな状況にいるのか判っているのだろうか。いや、判らないだろうと思うし判っていてもこいつも必死なのだ。必死でこのオレとセックスをしようとしている。
 そうだ、必死になってくれないと困る。この愛しい兄上様を酔った勢いで押し倒しておいて、突っ込んでおいて、何一つ覚えてないときている。そんな馬鹿な話があるか。思い出せ。アルフォンス。おまえはどうやってオレを抱いた? オレに向かって、何度愛していると言った? 思い出してくれないと困る。悪いがおまえとセックスをすることを許したのはもうボランティアじゃない。オレの意思だ。
 ちくしょう。このオレ様を、思う存分堪能しやがれ!
「っひぁ、ああぁぁ………」
 びくびくと震える身体を骨が折れるかと思うほど抱き締められ、オレの理性がものすごい勢いでふっ飛んだ。
「兄さん……兄さん……兄さん……っっっ!」
 よくこんな声が出せるなと思うほどに、切なさと情欲とがぐちゃぐちゃに圧縮されている。その声はやめろと言いたいが、それこそ無理な話だろう。抱き締められて達しながらオレはぼんやりと思った。もうオレの思考はほぼ止まっていると言っていい。身体をここまで酷使したことなど何年ぶりだ。昔も慣れなかったし、今なんて何年のブランクがあるのだ。セックスに向かない身体だと、オレよりこのアルフォンスの方が良く知っていると言うのに、やめようとはしないし、躊躇うそぶりも見せない。それでいい、とオレは思った。それでなくてはここまでおまえを甘やかしている意味がない。オレはそんなアルフォンスを物凄く愛しいと思ってしまうのだ。ああ、いろいろクソ食らえだ。
「愛してる……愛してる……」
 その言葉が耳に流れ込むたびにオレは思わず苦笑いしたくなる。判ってるよと頭を撫でてやりたくなる自分にだ。
 感極まって流れた涙の筋を、アルフォンスは唇で掬い取りながら右手は動かしてオレの腹を探った。ぬるぬるとした液体を掬い取り、逆の手でオレの片足の膝裏に手を差し入れて持ち上げる。汗で冷えたところにアルフォンスの手のひらがあまりに熱く感じられて、ああクソ、とうとう来た、と頭では思いながらも、もうすでに指一本も動かせないほど体中が弛緩している。昔よく愛撫された部分に熱が触れると、オレは思わず目を瞑った。そういえば力を抜いた状態が一番いいとアルが言っていたのを思い出す。右ひじでオレの太腿をぐ、と押し開き、その部分へ持ってゆく。
「痛かったら……言ってね……」
 オレの頬に頬を摺り寄せながら口付けをするアルフォンスは、緊張からか息を荒くしていて、オレはそれが伝染したかのように鼓動が高鳴った。
 指があてがわれた途端思わず身を引きかけたが、アルフォンスは上体でオレの体を押し付ける。アルの髪がオレの耳を擽る。アルの匂いだ、と僅かに安堵する。くちゅくちゅと周りをなぞられ、解され、体中をぞわぞわとしたものが駆け抜ける。押し付けられたものが少しずつ進入してきているのが判る。何度も出し入れをされる度に痙攣し、唇から勝手に吐息が零れた。その感覚が少しばかり恐ろしく思えたとき、アルフォンスは空いた手でオレの手を自分の背に持ってこさせた。目で訴えると、アルフォンスはしがみついてて、と囁いた。今まさにそうしたいと思って、手を動かす力がなかったオレに。
「…ひぁっ! ぁあっ」
 ぐい、と奥まで入れられ、肌が粟立った。思わず涙が零れる。この感覚は、本当に慣れない。脳の中の、快感という器官だけしか機能していないような。
 アルフォンスの指が蠢き、オレの中を擦りあげる。涙がどんどん溢れ、打ち上げられた魚のように身体がのたうつ。もう、アルフォンスの指のことしか考えられない。一瞬自分がどこにいるか判らなくなって、アルフォンスの背中に回した手のひらが、指が、助けを求めるようにつよく曲げられた。
「っひぅ、ぁ、ああぁっ……」
 がくがくと激しく痙攣して、達して、気を失うかと思ったとき、アルフォンスの頬に涙が伝わるのが見えた。オレの意識は疑問のために引き戻される。
「………兄……さん………」
 オレの表情で自分が泣いていることに気付いたのか、目をぱちくりとさせ、アルフォンスは微笑んだ。
「感動……しちゃって」
「………………?」
「兄さん……可愛い……最高…」
 ため息をつきながら、腹の中から絞り出すような声でしみじみと言われて、オレは荒い呼吸のまま目を閉じた。
 オレの今までのことが全部無駄じゃないと、何から何まで必要であったと宣言されたようなものだ。それと同時に得も言われぬ達成感と充足感が溢れた。このオレにこんなことをしておいて、それでこれだけ納得させられる男というのはこのアルフォンスをおいて他にはいない。
 ちくしょう。どうしてオレはこんなに。
「兄さん、ごめんね、何度も……。でも、止められないから、今だけ許して」
 荒い呼吸を続けるオレにちいさくくちづけを繰り返し、アルフォンスがぬぽ、と指を引き抜いた。それでびくり、と反応したオレの脚を両手で持ち上げて、下半身を浮かせる。何か思う暇もなく、張り詰めた自身がそこに押し付けられた。
 それは間違いなくアルフォンスだった。
「………っひ、……っっ!」
「ゆっくり……行くから……」
 大声で叫びだしたいほどに感極まっていた。とろとろにとかされたそこはアルフォンスの言葉通りゆっくりと熱をくわえ込んでゆく。逆にその緩やかな挿入がオレの心を掻き乱した。
「あぅ、はぁ、……ぁ、ぁ、あうぅ……」
 オレは思わずひじを付いて身体をもちあげようとしたが、すぐさまアルフォンスの力強い片腕にしっかりと抱きとめられた。
「駄目、……っ、兄さん、……お願い……っ」
「ぅあッ、あぁっ、……っ、ひぁぁ……っっ」
 オレは首を振って自分の状況を訴えようとした。物凄い圧迫感なのだ。痛みはないが、アルフォンスがオレの中にいることが思い知らされる熱さ。オレの今の行動は、自分でこのあとどうなってしまうのかが判らないための防衛本能で、別に逃げてるわけじゃない。大体ここまで来てなんで逃げるんだ。オレはそんな腑抜けじゃねぇ、……そんなことを今のオレが説明できるわけがない。
 アルフォンスに抱かれている。繋がっている。生身の身体で。オレたちがしていることは何を意味するんだろう。さきほどから凄まじい勢いで胸に溢れるこの感情も、からだの感覚に拍車をかける。
「兄さん……っ、……わかる……? 全部、入った……」
「…………っ、っ、………」
 オレは返事をする代わりにアルフォンスにしがみつき、首元に顔を埋めた。きのう、感極まって噛み付いたところと、同じ場所に。きのうとまるで変わらなかった。アルフォンスは愛していると言葉にしているわけではないのに、粘膜と汗と体温から伝わるこの感情は何だ。熱くて甘くて、渦に飲み込まれそうだった。
 熱い。熱い。熱い。
「嬉……しい……、繋がってること、わかる? だい…じょうぶ? 動いて、いい……?」
 オレの額にくちびるを落とし、本当は今すぐにでも動かしたいだろうに、手のひらをきつくきつく握り締めて、アルフォンスは堪えている。このオレだから動かしたいし、このオレだから堪えてやりたいのだろう。そんなアルフォンスが愛しくて愛しくてどうしようもない。気を抜くと失神してしまいそうな状況なのだが、この弟のためになんだって出来ると思った。
 アルフォンスを満足させたい。このオレで満足してほしい。そうやって、オレを満足させてくれ。
 オレはアルフォンスの名を呼んだ。アルフォンスはそうと知って子供のように微笑み、一瞬後、どきりとするほど精悍に表情を引き締めた。
「……ひぁぁ、あぁぁぁっ………あ、あ、ぁぁぁっ………あぁっ……!」
 激しい波に何度も飲まれるような感覚が襲う。もうほとんど無意識に泣き声が漏れる。オレの額にキスをしているアルフォンスが動くたびに、握った手に力を込める。波にさらわれる。オレの体に落ちる液体がアルフォンスの汗か涙か判らない。アルフォンスと繋がった部分がオレの身体全部になって、世界がそれだけになった。
 アルフォンス。アルフォンス。アルフォンス。
 オレは泣いていた。泣きじゃくっていた。アルフォンスにされていること、アルフォンスと繋がっているということ、オレの一番弱いところを曝け出していること、オレのオレであるべき部分を愛撫してもらっていること。
 他の誰でもない、アルフォンスとの行為。
 オレが涙を流している理由はそれだけだ。
 アルフォンスが腰を打ち付ける。だんだん早くなる。尻に当たる感覚で、アルフォンスと繋がっている部分は前みたいに指ではなくアルフォンスのこの部分なのだということを実感して、何故だか急にこの行為が愛しくなった。アルフォンスが愛しい。ひたすらめちゃくちゃにかき混ぜられて、意識がそれだけにいく。このままでいたいと思う反面、おまえの望むところに辿りつきたいとも思う。
 アルフォンス、アルフォンス。はやく、はやく、このまま、もっと。
「あぁぁっ、あああぁっ………ひぅ、あ、あぁぁ……!」
「……っふは、はぁっ……にい……さぁ……ん……っっ」
 その一瞬は長く、電撃の勢いで甘ったるいはちみつのような痺れが体中を襲った。一気に堰を切って流れ出るものを感じながら、オレは大げさなまでに体を何度も揺らし、泣いて、仰け反った。
 アルフォンスに、自分をこんな状態にさせられているということ。それだけが一途に快感と結びついた。
 オレは泣きながら、アルフォンスと繋がった一番奥深いところに熱すぎる感覚を覚えた。その熱は全身にどんどん広がっていくようで、オレは咄嗟に火傷するかと思って腰を引こうとすると、アルフォンスはぎゅう、とオレを逃げられないように抱き寄せ、オレと繋がったところをますます押し付ける。
 逃げさせてくれないなら、オレを離さないなら。
 おまえになら火傷させられてもいいと狂ったような思いを抱き、オレはもはやされるがままに身を任せた。
「………っぅ………く、は………」
「ぅあっ、ぁ、アル…」
 その感覚はやがてすぐ、やわらかなあたたかさでオレの体に馴染んでいった。ああそうか、と納得して、アルフォンスのくちづけの雨を体中に感じる。限界だった。オレはそのまま意識を手放した。
 アルフォンスの甘い囁きが、聞こえたような気がした。








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