その日は一日中、家の中も外もそのイベントのせいで笑いが絶えなかったのだが、こちらはこちらでひとつの真剣な議題を続けていた(片方だけ真剣)。






アフロディテに火花**





 夕食後、アルフォンス・エルリックはテーブルに身を乗り出して、その兄エドワード・エルリックに懇願した。
「ねぇお願い。喧嘩したって言わないでしょ。一度でいいから兄さんからそんな言葉聞いてみたい」
「やめといた方がいいと思うが」
 腕組みをして苦笑しているエドワードは至って落ち着いている。
「ほ、本人が良いって言ってるんだからいいじゃない」
「まあ確かに、お前に向かって大嫌いだとか顔も見たくないとか、こんな日じゃねえと言えねぇか」
 少し眉を寄せて微笑する愛しい人の表情にアルフォンスは見蕩れ、しばらくそのひとの台詞を心の中で反芻した。
「……………」
「どうしたよ」
「…………今凄い台詞言った…………」
「ああ悪ィ、傷付けたか?」
「……あーもー違うよ。……なんで兄さんってそんなに格好良いのズルイ……」
 エドワードは頭を掻いた。
「お前のツボってモンがイマイチ掴めんなー。まぁいいけど」
「録音機が欲しい……」
「何言ってんだお前は」
 しばらく悶々としていたアルフォンスは溜息をついて、テーブルに付いた手を離して上半身を起こした。
「なんか満足しちゃった…」
「え」
「好奇心はここまでにします。兄さんの言う通り、実際キライとか言われてもし立ち直れなかったら怖いし」
 どこかふらふらとした足取りで席を立ち、そのまま洗い物の溜まった台所へ向かう。ヘンな奴め、とエドワードはしばらく頬杖を付いてその背を見つめていたが、台所の水音が止んでアルフォンスが食器の雫をナプキンで拭い始めると、何を思ったか席を立ち、アルフォンスの方へ向かった。
「なに? 兄さん。コーヒーでも入れようか?」
「いや」
 エドワードは綺麗になった食器を戸棚に片付け始めた。ごめん、今日はボクの番なのにありがとう、というアルフォンスにいや、と肩を少し竦めて作業を続ける。
 片付けが終わり、珍しいこともあるものだと言いたげにこちらを見ているアルフォンスのその目が、やがてエドワードの襟元に釘付けになった。エドワードはその手で、ゆっくり、視線をアルフォンスに向けながら、
 シャツの第一ボタンを外している。
 アルフォンスは、何やってんの、という疑問の渦に巻き込まれつつも、正しく健全にそこから目を離すことは出来なかった。食い入るようにエドワードのはだけてゆく胸元を凝視していると、エドワードの手が伸びてアルフォンスの手を取った。アルフォンスは思い切り狼狽した。
「………どうせ言うなら、と思うんだがな」
「は?」
 エドワードはアルフォンスの手を引き寄せて視線を合わせると、ゆっくりとその言葉を紡いだ。

「抱いてみる? オレのこと」

 アルフォンスは殴られたように固まった。
 目の前のエドワードは嫣然と微笑んでいる。うっすらと開いた唇と白い胸元にごくり、と喉を鳴らして、アルフォンスは一気に息を吸い込んだ。
「にっ…………兄さん…………っっっ!!!!」
 がばっ、と抱きしめようとしたその手はなぜか空振りし、アルフォンスはつんのめって食器棚に思い切り頭を打ち付けた。
「なんちて」
「………………っっっ」
 いつのまにかテーブルの向こう側からひょこっと現れたエドワードはいたずらっぽく嗤った。
「ちょっ……この、……っっ兄さん!!!」
「あはははー、悪ィ悪ィ。どーよ、こんなエイプリル」
「さ……………さ……………さ・い・あ・く・で・すーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」
「いやー、なかなかカッコ良かったぜ? アルフォンス君」
「……今真剣にアタマに火花散りましたけど………!!!!」
「なーアルフォンス」
 しゃがんで額を押さえて、涙を浮かべながら(多分痛みのせいではない)こちらを口をへの形にしてにらみつけているアルフォンスを、テーブルに乗り出して覗き込んだエドワードが、割と静かな声で言った。
「オレに、キライ、って言われるのと、コレと。どっちが良かったよ?」
「………………」
 しばらくエドワードの顔をにらみつけて、アルフォンスは拗ねた口調で言った。
「どっちもイヤだ」
「ははっ、言うと思った! いーよお前、期待を裏切らない男!」
「ちょっと待ってよ兄さん、まさか本気で楽しんでるんじゃないだろうね? ボクものすごく本気で」
「いやーオレもそこまで嘘は付けねえしなー」
「………………」
 アルフォンスはまばたきをした。
「どういう意味?」
「そういう意味?」
「いや疑問形にしないで! ってゆーかかわいく首傾げてもダメー! ボクが聞いてるの!」
「アルフォンス、廊下の電球が切れてる」
「どうでもいいんだよそんなことわーーー!!!! っていうかボクこないだも納屋直したじゃん!」
「愛しい兄のお願いを聞いてはくれないのか、弟よー」
「きーーっっこういう時だけそういう目をしてーーー!!!! バカ兄貴ーーーー!!!」
「そんなバカ兄貴が何でお前はそんなに好きなんでしょうかねぇ……」
「うるさい!! 聞くなーーー!!!」





 アルフォンスの逆襲はこのあとすぐ! チャンネルはそのままで!←嘘。






逆襲くらいしろよ(笑)
そんなわけでおまけ追加。→逆襲なるか?(笑)