アルフォンスの逆襲開始。


「兄さん兄さん!! ちょっとこっち向いて! 兄さんがそーゆーつもりならボクにだって考えがあるんだから」
 額のたんこぶを痛そうになでながら、アルフォンスは悔しげに兄に向かって身を乗り出した。
「ほー」
 エドワードは相変わらず笑いながら尋ねた。
「どんな考えだ?」
「ボクだってね、兄さんにすごいこと言ってやるんだから」
「何を」
「だからね! ……えーとね、兄さんなんて、兄さんなんて」
 じぃ、とこちらを見つめるエドワードを負けじと見つめ返して、アルフォンスは一生懸命口に上らせようとする。
「兄さんなんて、だいっ………だいっ………」
 そのあとが続かない。
 エドワードはもう大体アルフォンスが何を言おうとしているか判ったが、黙って(でも何だか面白いので顔は笑っている)待っている。
「だい……………………」
 アルフォンスは口を噤んで、しばし逡巡した。
 エドワードが何も言わず、待っている姿が目の前にある。整った顔立ちを微笑で彩り、自分を見つめている。こちらも必死で見ているうちに、なんだか正視できないような感覚に陥った。

 やはり、きれいなもので。
 切れ長の瞳とか。流れるような金髪とか。普段豪放磊落なくせに、こういう時は別人みたいに静謐な雰囲気を纏うところとか。
 このエドワード・エルリックという人間は、アルフォンスにとって、自分の世界そのものであった。エドワードが生きているからアルフォンスはここにいられるし、エドワードの存在自体がアルフォンスの幸せであった。

 そのエドワードは、ちゃんと生きて、自分の目の前にいて、自分を見つめてくれていて。

 あーあ。
 と、アルフォンスは心の中で呟いた。

「だいっ………………………好き」
 エドワードが目を一瞬目を丸くした。アルフォンスはそのままがばりとテーブルに突っ伏して、ほとんど叫ぶように言った。
「あーもー大好きです。すいません嘘でもキライなんて言えません。ボクの負けですー。エイプリルフールのばかー」
 アルフォンスがひとりでしばらく悶々としていると、つかつかと足音がした。アルフォンスが顔を上げると、エドワードは笑いをかみ殺したような顔で、自分を見下ろしているのだった。勢い良くアルフォンスの腕を付かんだかと思うとぐいと引っ張って立たせ、そのまま自分に向かせて力いっぱい抱きしめた。アルフォンスは混乱した。
「えっ?! えっ?! な、なに、どうしたの」
「あーもー、お前可愛すぎ! 何なんだお前は」
 くっくっと笑いながらぎゅうぎゅう抱きしめてくるエドワードの、じんわり伝わる体温にようやくアルフォンスは抱きしめられているという実感が急速に湧き、急いで両手をエドワードの背に回した。
 エドワードはその手を振りほどきもせず、よしよし、とまで言いながらアルフォンスの背中を撫でている。

 わーっ。わーっ。兄さんに、抱きしめてもらってる!(傍目からは逆)

 身も心もいっぱいいっぱいで、アルフォンスはただひたすら兄の体温を感じることにつとめた。一緒にいると満たされるのに、こうして一旦体温を感じてしまうと、もっと、もっとと求めてしまう。体中が、幸せに耐え切れないというふうにぎしぎしと音を立てた。自分の頬に当たるエドワードの首筋はひんやりと冷たい。エドワードの体温が低いのではなく、自分が熱を持ちすぎているのだ。
「兄さん…大好き…」
 くらくらと酩酊する意識の中で、エドワードのことしか考えられなくなっているアルフォンスは、この想いが伝わればいいとひたすらエドワードを抱き締めた。
「エイプリルフール、万々歳だなぁ」
 やわらかくエドワードが言うのに、うん、うん、ありがとうエイプリルフール、とかしみじみ同感して、この暖かさを味わうのに精一杯のアルフォンスには、エドワードが自分に向かって言った言葉だったとは知る由もなく。

 やっぱりオレ、お前から離れられねーわ。

 そんなちいさな呟きも、耳に入らない。





ある意味返り討ち。