娼婦ベイビー






 まっすぐな強い意思をその瞳に宿し、誰が相手であろうと態度は変えない。見ているアルフォンスの方がはらはらするほどに誰に対しても傲岸不遜で、そのくせ優しさは常に持ち合わせている。それは普通に見ていれば判らないことで、エドワードを多少ばかり知る人にはとことんナマイキな腕の立つ口の悪いガキだという認識だろう。
「あ、アル、アル、…あっ、あ」
 こんな兄は誰も知らない。自分の愛撫で身も世もなく喘ぎ、痛ましいほど無防備な表情でアルフォンスの心をかき乱す。アルフォンスがたまらなくなって少しばかり愛撫を執拗にさせるともう、エドワードはのけ反り限界を訴える、その震える唇、涙が行く筋も流れる頬、その甘くねだる声は誘っているとしか思えなくて、アルフォンスは当惑する。
 どうもこの兄は感じすぎるふしがあるようで、自分でもどうなってしまうのか判らないという恐怖に、必死でアルフォンスの腕を押しのけようとする。だがまったく力の入らない手でそうされても、まるで媚びているようにも見えるのだ。
「兄さん、もっと?」
「や、ちが、……あ、は、ぅ」
 びくびくと背中を反らせる、いやらしいそのからだ。

 体があればいいといつも思うが、こんな時はなくてよかったと思う。この愛しい兄のあられもない姿を見て平気でいられるわけがない。自分の手のひらに悶える美しい姿、普段決して見せない涙を溜めた瞳、減らず口を叩いてばかりいる唇は今歓喜に震え。
 これらを堪能していられることだけが、この体でいる唯一の利点だ。
 この兄はこんなにも美しい。

「兄さん…凄く可愛い」
 耳元で囁くと、エドワードは酷く息を吸ったのが判った。荒い息のまま、顔を反らす。
「お…前な、そう…いうこと…」
「何?」
 言いながらエドワードの胸の蕾を引っかくように指を曲げてみせる。途端エドワードは見も世も無く身悶えする。
「や、あ、あ」
「かわいい………」
 完全に兄に魅入られながら、アルフォンスは指だけ執拗に動かした。それだけが自分の生きている証拠だ。この兄は今、自分の行為でこんな姿になっているのだから。
「兄さん、そろそろ入れるよ。舐めて?」
 指は動かしたまま、片方の指をエドワードの口に持ってゆく。エドワードは喘ぎながらそれを口に含んだ。アルフォンスの片方の指が胸をいじくっているままであるので、耐え切れず口の中の指を時々噛むのが、アルフォンスの劣情をますます加熱させる。
「ちゃんと濡らさないと、痛くしちゃうよ」
 そう言いながら、くりくりと胸の突起を弄ぶとエドワードは小刻みに震え、彼の口に含まれた指がかちかちと音を立てる。たくさん噛んでいる。アルフォンスは叫びだしたい気持ちを必死で抑えた。かわいらしいにも程がある。本当に体があったら、今この場で下準備も済んでいない愛しい兄の体をそのまま貫いてしまっているだろう。
「はい…良くできました」
「は、ふ、……ははっ、アル、お前」
 エドワードの口から銀糸を引く鋼鉄の指を引き抜くと同時に、彼が荒い息の下でかすかに笑った。
「すげー…、やらしー声」
「………ボク、そんな声出してた?」
「ん……そう……聞こえた。ヘンなの……」
「入れるよ、もうガマン出来ないから」
「ンな……生身の体みてぇな事、言っ……」
 つぷ、と指が埋め込まれると、途端にエドワードの体が強張った。
「い、あ、」
「力抜いてね」
 ずず、と意外に抵抗も無く指は埋め込まれる。エドワードの喘ぎが一段と高くなる。この入れる瞬間の彼の表情がたまらなく好きだ。まつげを伏せ、開き気味の唇を震わせる官能の表情。
「あっ、あっ、は……」
「兄さんの中…きっと物凄く熱いんだろうね……」
 指をほんの少しでも動かすと、まるで赤ん坊のようにエドワードは泣き声を上げた。
「ひっ、あ、あぁん」
「いい?」
 エドワードは紅く染めた目をきつく瞑り、ふるふると頭を振った。汗で張り付いた金髪の一筋をアルフォンスはかきあげてやる。
「……あ、そうか、感じすぎてるんだね」
 本当は胸やエドワード自身にも触れて、もっと泣かせてやりたいのだが、本当にそれは辛いらしい。もう少し兄が慣れてくれたらしようと思う。エドワードは指を入れられたまま深呼吸をしている。アルフォンスはその姿に見蕩れた。濡れ濡れと光る紅い唇に口付けてやりたい衝動を押さえ、兄の体に鋼鉄の指がなじむのを待つ振りをして。
「あ…っは、ア…ル、アル…アルフォンス」
 限界に近いエドワードに名前を呼ばれると、アルフォンスはどうしようもなく胸を掻き毟られる気がする。
「見て…んじゃねェよ、このバカっ…は、早…くっ、も…っ」
 この態度でこの状態でこの言葉遣いはもはや蠱惑的だ。アルフォンスはあるはずもない背筋がぞくぞくと震える感覚を覚えた。
「兄さん…キレイだ」
「はっ……な、に言って…」
「ホントに綺麗だ…お姫さまみたい」
「バッ……カ、か……お前」
「もう、大丈夫?動かしていい?」
「聞くな……う、ぁ」
 その瞳から涙がまた一筋溢れる。アルフォンスの方が泣きたくなった。
「ホントに綺麗。すぐにイカしちゃうの、もったいない」
「っの…ヤロ」
「…兄さん…大好き…」
 埋め込んだ指を動かすと、エドワードはとたんに体を反らせ、シーツを握り締めた。
「っひ、あぁっ」
 こんなにも無防備でいいのだろうか。今の彼の頭の中には何もない。最中に気付いてしまえば別だが、アルフォンスとの行為に没頭している間は、少なくとも。
「兄さん……好きだよ……」
「あ、あ、アル、アル…っく、あぁーっ……」
 昼間の威圧的で傲岸不遜な彼は想像も出来ない、いたいけな少女のように泣く姿に、アルフォンスはますますあるはずもない頭に血が上る感覚を覚えた。エドワードの中に入った指を、的確に彼の弱点を探るように動かす。
「兄さん…ここがいいんだよね…」
「やぁ……やぁん……い、や、」
「いやじゃないでしょ」
「やだ、……あ、あん、アル、アル」
 アルフォンスの大きな腕にしがみついて、エドワードはひたすら泣いた。どこもかしこも触られたら感じる彼の体は、当然のように中身が一番弱い。もう恥も外聞もなく、与えられる洪水のような快感に翻弄されているエドワードに、アルフォンスは嗜虐心をひどくそそられた。
「兄さん…ここ?」
「あーっ、あっあっ」
 ひときわ甘い声を上げるエドワードに気を良くして、アルフォンスはそこだけ執拗に擦り上げる。
「あっ、あっ、あっ…だ…め…だめ…ぇ」
「好き…兄さん…」
「やっあっ、あ、あ、あぁぁーん」
 体をのけぞらせて、びくびくと痙攣しながらエドワードは達した。アルフォンスは彼の表情をじっくりと眺める。耳朶まで赤く染め、唇を精一杯開き、ぽろぽろと涙を流しながら彼は放出する。神の造った奇跡はこんなにも愛しい。この顔が見たくて生きている。満たされる。
「…兄さん…」
「……ひ……っく、あ……ぅ」
 まだ小刻みに震えながら余韻に浸るエドワードに、アルフォンスは頬を摺り寄せた。
「はっ……はっ……」
「兄さん……良かった……?」
「良……かったとか……そんなんじゃ……」
「何?」
 荒い息の下で言葉を紡ぐ兄が異常に官能的で、アルフォンスは鼓動が早まる感覚がした。
「お前……も……性急スギ……」
「え?」
「くそっ……オレ、イッちまうの早すぎ」
 アルフォンスはあっけに取られて、それから笑った。プライドの山のように高い兄らしい。
「だって、兄さんが感じやすすぎるからでしょ」
「おめーが! 遠慮もなく色々とっ……その……」
「気持ちいいところ一杯触るから?」
「………!」
 顔を真っ赤にして言葉も出ないエドワードへの愛しさに、アルフォンスは言葉もなく微笑んだ。
「てめっ……馬鹿にしやがってっ……」
「してないよ。可愛いって言ってるの」
「それを言うんじゃねえ!」
「可愛いものは可愛いんです。兄さん、可愛すぎ。特にイクときなんか最高だよね」
「…………な、」
「おんなのこみたいに泣いて、ふるふるって首振って…見てるだけでこっちもイッちゃいそうなくらいかわいい……」
「ギャーッ。止めろ止めろそんな事言うなこの馬鹿!悪趣味!変態!!」
「その変態にしがみついて可愛い声あげてたのは誰?」
「〜〜〜〜ッッ」
 エドワードはベッドに倒れこんで毛布を頭から被った。
「……兄さん、ごめん。あんまり可愛いから言い過ぎた。許して?」
「ばかやろう。オレは寝る。とっとと降りろ!」
「今日は寒いよ。一緒に寝ようよ。今ならボクの体、兄さんの体温移っててあったかいもの」
「………ぐ………!」
 自分がどれだけアルフォンスにしがみついていたか、たちまちのうちに思い起こさせられてしまったエドワードはまたも言葉を失った。アルフォンスもそんなエドワードを見て思わずしみじみと浸る。
 ああ…かわいいなあ…。
 何が可愛いって、アルフォンスの腕の中であれだけ娼婦のように艶かしく喘いでいたくせに、ひとたび行為を終えると途端に子供のように恥ずかしがって目も合わせない。
 アルフォンスの言葉は本心で、別に意地悪をしようという意図はないのだが、それはエドワードをいつも羞恥に染め上げる。それがいけない、とアルフォンスは苦笑した。ボクばかりのせいじゃないよね。こういうことを言いたくなるのは。
 それに。
「ねえ、兄さん」
「うるせえ。……とっととこっち来い、アル」
「うん」
 兄は自分を手放せない。手放す気がない。こういう時だけ大人しくなる自分に腹立たしいやら安心するやら、兄は複雑なのだろうな、と。
「ねえ、兄さん」
「……んだよ」
 アルフォンスは囁いた。何度も何度も言っている言葉を。何度言っても言い足りない言葉を。
「大好きだよ」