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実はだんだん方向性が変わっ
「んー……あ……」
緩慢な動きで速水は仰け反った。いつもの、思わずといったふうな感じはなく、まるで猫があくびをするかのような余裕があった。真田はそれを速水にとって正しい流れの快楽なのだろうと受け取った。真田は速水の中にいる自分をゆっくり動かす。大分高みへ近付いているが、絶対に傷付けてはいけない、と真田はいつも気を抜かない。激しく動かさなくていいところが女の子との違いだな、などと頭の片隅で思う。
「んっ、んー…あー、……っ」
揺さぶられながら速水が上半身を起こした。こちらを見つめる。
「………ん、ふ……」
「…………ん?」
動きをとめて、目を見てその先の言葉を促してやると、首を振られた。
「止めんな」
真田が行為を再開すると、甘い声を漏らしながら、また見つめられる。ちろりと舌を覗かせて、首を傾げて、潤んだ瞳で、じいっと。真田の顔に思わず笑みが浮かんだ。急に情欲以外の感情が湧き上がって来たのだ。
「………なに」
「すげえ、スキ。……ぅあっ、んふ、……あ、……お、まえ、の、カオ………あっ」
言い終わらないうちに、今度こそ喜ばしい快感に速水は首をゆるゆると振った。真田は一瞬だけ笑って、あとは下半身の動きに集中した。
「あー、あー……もー……あぁっ、ダメ……あー……」
「んん、く、ぅ……っ」
せわしいピストン運動への欲求を必死で抑える。それが逆に心地良いことだなんて、知らなかった。自分の下で快楽にとろける速水を落ち着いた気持ちで見られることはもっと、だなんてことも。
何を言うかと思ったら、とか。キミだけが気持ちいいとか思ってるんじゃないだろうな、とか。言ってやりたいことは色々あるけれど。
セックスの最中には、たまに、キミを愛しいと思ったりするのは、まだ言わない方がいい。
こういうのを目指していたはずでは……ッッ
「あのよ―……」
「ん」
「蜘蛛膜下出血ってあるじゃん」
「うん」
「くもまっか」
「……」
「くもまっか……」
「……?」
「……って、なんかかわいくね?」
「……(一瞬びっくりしたのに)うん」
「……」
「……??」
「……す―」
「寝たし!!」
さなはや事後。
いまだに速水を使って真田を揺るがせたい症候群は衰えておらず。
さんざん振り回されるがいい。
速水は深く息をついて、ゆるく首を仰け反らせた。艶めいた黒髪がシーツに泳ぎ、汗ばんだ首筋と頬を縁取る。
長い睫が中途半端に動く。閉じるのか閉じないのか分からないので真田は何とはなしに見ていた。そのうち一旦ぱちりと閉じられ、透明な滴が溢れて落ちた。
はあ、と速水はまた深く息をつく。赤い唇はうすく開かれている。
涙がまたひとつ零れたので、真田は手を伸ばしてそれを掬うように拭ってやった。速水のまつげが震える。こくり、と形のよい喉仏が動いた。
「きれいだ」
真田は呟いた。速水は一瞬ののち目を僅かに開け、それからはっきり開けて真田を見た。
「なにが。俺が?」
「ああ」
真田は囁くように返事をした。速水はくちびるの両端をくっきり弧を描くように持ち上げた。それから、ほとんど声を出さないで、当たり前じゃん、と言った。真田は笑って、速水のくちびるに自分のそれを寄せた。
なんなのってなんなの←タイトル
真田は少し思案していた。
ここは自分の部屋で、もう少ししたら出掛けなければいけない。
ベッドには速水が寝ている。昨日の夜、明日はこの時間には家を出ることを伝えたら、速水はじゃあ俺もその時間に、と言ったのにも関わらず。
速水は今日は休みのようだし、鍵を渡しておいてこのまま寝かせておいても良かったが、なんだか面倒なことになるような気がしないでもしない。
特に付き合っているわけでもないしね、などと考えていたら、出掛ける用意が出来てしまった。
真田は上着のボタンをきっちり留めながら、部屋のベッドまで歩いて行って、速水を見下ろした。
なんとも優雅に寝ている。
首はのけぞり、髪も乱れ、それでも悠々と真田のものであるベッドに違和感なく溶け込んでいる。
真田はちょっと考えて、しゃがみこみ、速水の額に手を伸ばして柔らかな髪をかきあげてみた。
「速水」
速水は起きない。
「速水」
もうすこし強めに言ってもぴくりともしない。
真田は速水に近付いて、耳元で囁いた。
「愛してる」
数秒ののち、速水の瞼がぴくぴくと動いた。じっと見ていると、ぱっちりと目を開ける。
「おはよう」
「おまえ……」
速水は寝起きのせいだけではないような低い声を出す。
「なんなの」
真田は思わず吹き出した。立ち上がって窓際まで行ってカーテンを勢いよく開ける。
「あ―眩しい」
「もう起きてくれ。一緒に出るんじゃないのか」
「あ―も―いいじゃん。つかおまえ…、腹立つ…」
速水が目を擦りながら不機嫌になっているのがおかしかった。真田は笑って、行ってきます、と言った。
以下、あからさまに書き間違ったなと判る路線。
そういうところが好きだ、と言ったことがある。
そのとき速水は心身ともに余裕がなく、聞き返すだけで精一杯であったように思う。自分は自分で、二度も言うのもどうか、というところもあり、それ以上は言わず行為を続けた。
行為が終わっても、速水はいつも通りすぐに眠ったし、起きて真田の家を出るまで話題になることもなかった。
きっと、速水は聞こえていた。聞こえていて、何も返さなかった。真田は冷静に分析する。
自惚れているとは思わない。この考えが自分に都合が良いとはとても思えないからだ。
速水は聞こえていたのに返答を寄越さない。口にも上らせない。あの日からも、いつも通りに真田の家に快楽を貪りにくる。真田の前で、シーツの皺を寄せ、瞳に雫を灯し、普段周りには見せない姿をさらけ、かすれた声をあげる。
そうして、自分はもう一度あの言葉を言おうとするのだ。また流されるであろうことはわかっているし、もし言われたくないようならいけないので、言わない。
流してほしくないのか、と自問自答する。
二人の間にある感情に名前をつけたいわけではない。自分はただ、前から思っていたことを相手に伝えただけだ。
速水は返事をしなかった。そのことにしこりを覚える自分に違和感がある。
それは大抵、なんでもないようなときに襲いくる感情だ。
好きだ。
恋愛感情なのか、そうでないかはまだわからない。ただ、速水が好きだと思う。
その感情レベルが異様に高くなるときがあって、それは真田の顔によく出るそうだ。速水が言っていた。
「すげー、欲情してる顔」
「ん?……うん、よく分かるね……」
そういうとき、速水は満足そうに笑う。
「おまえのその顔すげー好き」
『勘違いをしそうになるから、やめてくれ』
そもそもこの言葉をいうことによっていらぬ事態を引き起こしそうなので、真田は踏みとどまる。
理不尽だ。
自分は気を使って言わないことを、速水はずけずけという。誤解を気にしない。
つまりはそこまで自分に入れ込んでいないのだ。間違えることはないと思っている。
理不尽だと、真田はぼんやり考えた。
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