a cupid cat.




「よおし、これで終わったよ」
「ははっ。よかったなあ、おめえ」
 山猫を抱いた息子を後ろから抱くかたちで悟空は大木の根元に座り込んでいた。ここはパオズ山のふもとの森の中、強い日差しを森のたっぷりとした木々が遮って、地面にはきれいなまだら模様がくっきり映える。
 悟飯に消毒薬を塗られた山猫はにゃあと鳴いて、手の中からするりと抜ける。
「ばいばい」
 悟飯が笑うと、山猫はもう一声鳴いて、とてとてと駆けて行った。それを見送って、悟飯は言った。
「これからは修行する場所にも気をつけないといけないね、今みたいにケガさせちゃうし」
「そうだなあ。でもあいつすげえふわふわだったなあ、毛が」
「うん、かわいかったね」
 悟飯が振り向いて笑おうとすると、案外父親の顔が近くにあってすこし驚いた。自分はいつのまにか父親に抱き込まれるかたちで座っている。悟空が、治療していたのを悟飯とおなじ角度から見ようとしたからだ。
 治療が終わり、山猫が去っても悟空はなぜか自分を離そうとしない。どころか、抱き込まれた手に力が込められたような気がして悟飯は何故かどきりとした。
 悟飯は父親に抱かれることは嫌いではなかった。だが自然にそれを受け入れられない。父親の暖かい腕に、太陽の匂いに動揺する。
 この腕からはやく離れないと。
 ずっとこのままでいたい。
 このふたつの気持ちが悟飯の中で葛藤して、どきどきと胸が高鳴りだす。
(おとうさん、どうしてじっとしてるのかな)
 そうっと首をうしろに向けて父親の顔を見ようとすると、頬に頬が触れて悟飯はびっくりした。
「悟飯…………」
 その声に、悟飯は動いてはいけないような気がして、固まった。
 すこし、あとほんのすこしで、ふたりの距離がなくなろうとしたとき。
「おい」
 声もなくふたりはとびあがりそうになった。振り向くとそこにはピッコロがいる。悟空は慌てて仰け反り、悟飯から離れた。
「なっ………な、な、ななんだピッコロ、おめえはえぇな」
「いつもこの時間だろうが、それより…………」
 ピッコロは腕組みをして、いつもの厳しい顔つきで言った。
「したのか」
「えっ?!」
「へぇぇっっ?!」
 悟飯はびっくりしたが、それ以上に悟空がおかしいほどにうろたえて立ち上がった。
「な、なにいってんだよピッコロ! し、してねえって。なんにも。するわけねえって」
 ピッコロは牙をむいて、こう言った。
「してないだと? きさま、修行のまえは準備運動がかならず必要だとぬかしただろうが」
「…………あ、」
「………あー………そ、それか」
「なに?」
「あー、いやいや、わりいピッコロ、うん。今からだ、今からするって。……なあ悟飯!」
「えっ……あ、あの、はい」
 心臓の音はうるさく、自分の顔はとても赤い気がする。悟空が焦っているのと関係があるのかないのか判らなかったが、とりあえず悟飯は返事をした。
「えーっとぉ……さー、やるぞ悟飯!」
「は、はい!」
 なんとなくピッコロが不審そうな顔つきで見ているなか、孫親子はこのうえなく気まずい雰囲気で修行を開始するのだった。


 悟飯はちょっと残念に思っていたのだが、じつは悟空の方がもっと残念に思っていたとか、いないとか。