※芳香剤とか吉○興業とか出てきても気にしない方向で(前に冷蔵庫とかも書いていた…)














 まったくダメだ、イカれてるんだ、覚悟しやがれ。




「――出来た」
 オレは目の前に手に持った薬に息がかからないように慎重に呟いた。薬の成分上、本当は喋るべきじゃないが、思わず声に出たのだ。だが大丈夫、支障はない。エドワード・エルリックは天才だ。壁のカレンダーに目を遣り、薬の効き目とそのあとのスケジュールをざっと計算する。今すぐ飲まなければいけない。
 なぁアルフォンス、お前をびっくりさせたい。そうしてもっともっとオレにメロメロになっちまえばいいんだ。遠慮なんか、出来ないくらいにさ。
 オレは心の中で薬に祈り、それを飲み干した。





 ねぇアルフォンス・エルリック、きみって奴は、どうしてそう俗物的なんだい。
 少し自嘲気味にそう呟いてボクははははと笑った。この笑いでこの気持ちが治まるならいくらでも笑ってやろうじゃあないか。なぁ相棒。相変わらず元気だね。
 ボクは行為のあとの何が嫌いってこのトイレットペーパーがカラカラ回る音が一番嫌いだ。カラカラ笑っているのかこのボクを、ああ笑っているんだろうさ。当たり前だ。
 今回もとりあえず回りに飛び散っている様子はなさそうです。それを処理するのが一番情けない。ボクは悩みすぎて紫色の溜息をついた。もう兄さんに対して罪悪感も湧かない。なんだか湧きすぎて麻痺した。兄さんはあまりにもそのことについて言及しなさ過ぎて、見た目どおり本当に気にもしていない。良く判る。兄弟だもの。一緒に住んでるんだもの。……愛してるんだもの。
 ああ嫌だ嫌だ。恋は薔薇色だ。ボクはさしずめドドメ色だ。今この時ばっかりは好きだなんて思いたくない。
 兄さん兄さん兄さん兄さん兄さん。男だけどボクの女神(ああそうか、聖母マリア像でマスターベーションする男もそういうことなのか? いや、何だか良く判らない例えだ)。
 たまにこんなどす黒い気持ちになる。こないだ兄さんと初めて寝た時からそりゃもう文字通り薔薇色で、一年に一回だなんてやれるだけでも満足だって、自己処理したって別にここまで落ち込まなかったのに。たまにこうやって奈落の底に。あ、もしかしてボクってブルーデー? え? ボクって馬鹿ですか?
 やたら清々しい芳香剤の香りにいい加減嫌気がさして、ボクはすっくと立ち上がった。とにかくここを出よう。
「…………………………………」
 ジーンズを下ろしたままだったことに気付いて、いい加減泣きそうな気持ちになった。




 オレは嘘がつけない。付く時もあるがいかんせん態度に出る。それが弟のアルフォンスに対してならなおさらだ。表情ひとつ変えずともなぜかバレる。愛してるから判るんだもん、と弟は最近そういう言葉を堂々と言う。そういう奴が全然判ってくれない事というのはオレも説明しようがないし、する気がおきない。
 いわゆる、愛しているということだ。それも並大抵の愛じゃないぞ。オレは愛という言葉しか知らないからその言葉を使うだけで、本当はもっとふさわしい言葉があるんじゃないかと思う。古文書をひっぱり出して探してみたこともあったがすぐに飽きた。いつかふさわしい言葉が見つかるだろうというか、アルフォンスが言わずとも判ってくれるだろう、とか。
 セックスだってしたっていいぞー。どんどん来い。どんと来い。
 なんて、時々態度で示したりしてるんだが、アルフォンスは全然判らないらしい。真ん中おっ勃たせて、赤い顔して天井向いて、兄さん重いからどいて、とようよう声を絞り出す。どけと言われりゃどいてやる。オレが満足したらな。オレはハタから見たらまるで嫌がらせみたいにぎゅうぎゅう抱きついて満足したらようやく離してやる。アルフォンスは半分死んでいる。
 ひょっとしたら馬鹿なのかもしれない。いや、オレが。オレは一体どこまでおまえ馬鹿なんだ。
 兄さんダメ。お願い。ごめん。
 そういうおまえの表情にオレがどれだけ欲情しているか知りもしない。それがそそるわけだ。ああ、ああ、アルフォンス。オレはメロメロだ、どうにかしてくれ。おまえはそんなにオレが好きか? 抱きたいか? この甘ったるい気持ちはどこに持ってゆけばいい?
 要するにオレの体がおかしいわけだ。こんなに燃えてんのにちっとも反応しない。これが単なる思慕の感情であるはずはないし、オレは別に不能じゃあない。だってアルフォンスとこないだ初めて寝た時はきちんと反応して最後までやった。
 きっかけを弟が作らないならオレが作ろうと思うのは当然だろう。自分の作った薬が案外苦くて、オレはリビングに降りて行った。




 リビングに戻ると兄さんがいて、自分が飲んだティーカップを片付けている。ボクももらおうかなあ、と思いながら兄さんの後姿が目に入って、形のいい下半身を思わず眺めてしまって、慌てて目をそらした。
 何だかこう頻繁だと、ボクってもしかして兄さんの体だけしか好きなんじゃないかと怖くなる。そんなはずがないことくらい判っているのに。怖いのは兄さんに対してなんじゃないか。兄さんに体だけを求めているなんて思われたら消えてなくなってしまうよ。
 でもそうじゃないんだ。そこが凶悪なところだ。兄さんがボクに愛されていないと思うことがあるだろうか? 兄さんはボクが消えていなくなっても生きていけると思っているだろうか? それは今までもないし今後もない。兄さんはボクなしじゃあ、生きていけない。
 それを判って兄さんを求めるボクがいる。どんなボクだって受け入れる兄さんを判って求めている。とんでもない愛だ。つまりボクが躊躇うのはそこだ。フェアじゃない。自分で自分を許せないから手が出せない。
 まあいいや、兄さんも別に嫌がってないし子供だって出来るわけじゃないしお互いクリーンな関係だしセックスするのに問題は何一つない。一番立派な理由としてボクは兄さんをこの世でただ一人心の底から愛している。
 いや、そんな風に思えたらいいなぁ。ほんとに。
 いろいろいろいろ考えて悶々としてるけど、ただひとつ、ほんとに、ああ、兄さんとセックスがしたい。
 リビングの戸をあけたままじっと動かないボクに、兄さんが振り返って声をかけた。
「なんだおまえ。魂が口から抜けてるぞ」
「……………………抜け切ってた?」
「いや、尻尾が歯に引っかかってた」
「戻してよ兄さん」
「いやダメだ。オレはスパルタだからな。ひとりで頑張れ弟よ。オレは草葉の陰から応援しているよ」
「用法間違ってるよ兄さん。それじゃ兄さんがお墓の人だよ」
「ええい屁理屈をこねるな。こうしてくれる」
 兄さんが咄嗟に何らかのポーズを取ろうとして、瞬間、顔を顰めた。動きが止まる。
「………まあいいや」
「ええっ?! 何それ? 今から兄さんの瞬間激怒ショーが見られるんじゃないの?」
「オレは吉○興業のあの人か! ……って、いやまあ、ショーはまた次の時に」
 何だか兄さんの様子がおかしい。目を泳がせて、急に挙動不審になった。台所の蛇口をひねって水を出して、水を止めて、はあ、と息をひとつはいて、一呼吸置いてから急にボクを振り返り、どんどん歩き出した。ボクに向かってじゃなかった。その視線はドアに向かっている。
「え、なに? どうしたの」
「寝る。おやすみ。またあとでな」
 兄さんの顔は真剣で、少し紅潮していた。しかもおやすみって言っておいて、またあとでなってどういうことだろう。身内としてはこの態度のおかしさには普通に考えて放っておけないので、ボクは思わず兄さんの手首を掴んだ。兄さんはギャッと言ってボクの手を振り払い、後ろに跳び退った。更に紅潮した顔でボクに掴まれたところを自分で掴み、焦ったように言った。
「……………アルフォンス、悪いが何も言わないでそこからどいてくれ、頼む」
「なんでそんなに切羽詰ってるの? 具合悪そうだし、本当に」
「頼む! 兄ちゃんの一生のお願いだから」
「……ごめん、ボクのこれは勘だけど今兄さんを逃がしたらいけない気がする」
 ボクが近づいて兄さんの肩を掴むと、今度は大げさな動作で振り払った。めちゃくちゃ焦っている。うしろのソファのそばにそのまま後ろ向きに座り込んで、やべぇ、分量間違えた、と呟くのが聞こえた。
「なに? 何の分量間違えたって?」
「ちょっ……来んな! バカ!」