きんいろの自転車乗り








「間にあわねえ…っっ」
たとえ住む場所がドイツに変わっても、大事な用事を事前から余裕を持って準備 しておけないという性質までは変わらないエドワードは、相も変わらず予定の汽 車の時間ギリギリになってこれでもかというくらい焦っていた。
「エドちゃんエドちゃん。ほら見てじてんしゃかりてきたー。送ってってあげる ね」
彼のいつでものんきな同居人が、焦っているエドワードとはまるでかみ合わない 楽しげな風情でエドワードに声をかけた。
「お、でかしたスー!さっさと行くぞ」
「うん!」
この同居人にはアルフォンス・ハイデリヒというれっきとした名があるのだが、 エドワードはその名をまともに呼んだ試しがない。しかもこの同居人自身もエド ワードが気ままに呼ぶどんな呼び名でもニコニコと返事をするものだから、エド ワードの適当な呼び方にも歯止めがかからないのだ。
さて、いつもなら足手まといにしかならないこののんびりぼんやりした同居人が 珍しく役立つことをしたのを意外に思いつつ、それを言及する間も惜しんでエド ワードは自転車の荷台に乗りかける。
「…………」
「…………」
何故だかハイデリヒは荷台に手を置いたままエドワードを見つめるばかりで動こ うとしない。そんな訳で荷台に乗ることが出来ずにエドワードはハイデリヒと無 言でしばし見つめあった。
「なんで前に乗らねえんだよ……?」
「え?だっておれじてんしゃ乗れないよ?」
訝しげにエドワードが問えば、まるで予想もしないことを言われたかのようにハ イデリヒは目を丸くしてあっさり答えた。
「んな!?おまえじゃあどういう了見で…………っっ。ま、まあいい時間ねえし これ借りてくぞ。じゃな」
ひと言どころかあと十言くらいは文句を言いたい気分ではあったが、まずは時間 が迫ってることとせめて自転車があることで良しとしようと思い至ったエドワー ドは小言もそこそこに自転車にまたがった。
「あ、待って!!」
切羽詰まった声が呼び止めるのにイライラしながらもエドワードはハイデリヒを 振り返った。
「んだよ時間ねえって………スー…………お前一体何してる??」
するとさっきまではそこにぼーっと突っ立っていたハイデリヒが、どういう訳か もたもたと自転車の後ろに乗っかろうとしている。
「うしろに乗ってるの」
それでもなんとか荷台に収まったハイデリヒは見ればわかる事をそのまま答えた 。
「………何でだよ?」
「送ってくって言ったんだもん。一緒に行かないと送ったことにならないよ?」
まるで当然のように言うハイデリヒにさすがにエドワードもキレて叫んだ。
「あ……、アホかーーーーーーー!!!!!!だったら最初から……っっ!!あ ぁああぁもぉ時間ねえ!!!!クソこのまま行ってやる!!!!振り落とされて も知んねーぞ!!!!」
しかし時間に追われたエドワードは結局ハイデリヒを乗せたままガチン、と音が しそうな勢いでペダルに足をかけた。そしてターゲットロックオンとばかりにギ ラリと進行方向をにらみつけると、一気にペダルを踏み込んだ。
「ぬおおおおおおお〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「きゃーーーーーー!!たのしーーーーー!!!!」
それぞれに賑やかな2人を乗せた自転車がミュンヘンの街を猛スピードで駆け抜 けて行った。