ストロベリーセックスにはまだ遠い/ ヘカティ・ブラボー後日談
あのアルフォンスがその日の夜にエドワードと一緒に寝なかったのは、ひとえにエドワードに無理をさせたくないという理由からだった。
一緒に寝ようよと、ようやく繋がることのできた嬉しさが溢れるままに喉まで出掛かった言葉をアルフォンスは飲み込んだ。兄の言うように、自分は我慢出来ないと公言していても、実際その場になれば絶対に我慢出来る性質だった。そんな自分を見てエドワードがほだされないとも限らない。
許されてしまうのが怖いのだとも思う。そこまで何でもかんでも包み込まれたら付け上がる。際限を無くしてしまう。一番怖いのは兄を失くす事なのだ。
エドワードの柔らかな髪、口の中で跳ね上がる血管の動き、粘膜で抱き締められる快感。
思い出そうとしなくても鼓膜に網膜に焼き付いている。昨日のこと。
オレもおまえともっかいしたい。ちゃんと。
もっと、もっと。……オレから離れられなくなっちまえ。
まあ、むしろ、させてやりたかった、っつーか。
うわーっ、とアルフォンスはひとり、寝台で毛布をぐちゃぐちゃに抱き締めて悶えた。あの兄がこんなセリフを言ったのだ。
したい。させてやりたい。オレから離れなくなっちまえ。
瞼に涙が滲んだ。噛み締めた唇が震えた。なんて、なんて、なんてことを言ったんだろう。あの兄は。アルフォンスは痙攣しながら息を吸い込み、瞑った目を更にぎゅうと瞑らせた。
兄さん。兄さん。兄さん。
いてもたってもいられない。顔を見たい。傍にいたい。何千回と愛の言葉を囁きたい。
それ以上のことを我慢出来る自信がないし、とりあえず今は自分は落ち着かなければならないと思う。完全に浮き足立って、舞い上がって、平常心を失くしている。現実を現実と認めなければならない。これは夢ではないのだ。
エドワードの肌は吸い付くようにしっとりしていたこと、脇腹が以外に弱かったこと、仰け反る背がしなやかであったこと、濡れた瞳に自分がちゃんと映りこんでいたこと、力は抜けているはずなのに自分の背を抉る指の力は存外強かったこと。
じんじんと引き攣れるように痛む背と首筋とそれから耳をひとつずつ触って神経を行き渡らせて、この傷が一生消えないといいと願った。
痛くなかったのか、常識外れなことをしていなかっただろうか、そんな不安はエドワードが達したことと彼の微笑み方ですべてが掻き消えるほどだった。
弱くてごめんなさい。強くなります。兄さんみたいに。
アルフォンスは悩ましげに寝返りを打って、長い夜を過ごしている。
エドワードはばたん、と読んでいた本を閉じて、表紙に額をべちん、と当ててしばらくそのままでいるほか無かった。読んでいた本、というのは正解ではない。目の前で、ただ開いていただけの本。
エドワードは不審げに、そっとあたりを見回した。アルフォンスに未だ包まれている感覚がするのだった。目を彷徨わせて、天井に移して、机に持ってきて、こんどはべたっと机にへばりついてみた。
身体がぞくぞくする。
逃げようとしても逃げられなかった。アルフォンスは自分を逃がさなかった。つよいちからで引き寄せた。抱き締めた。抱きすくめた。自分はおかげでアルフォンスと繋がったし、アルフォンスを注ぎ込まれた。
そのシーンを思い出すだけで顔に火が昇った。
心底、欲情したのだ。強引なアルフォンスに。
なんだ、オレ、マゾかなんかかよ。いや、アルもあいつ、ああいうときだけエラく押しが強かったりしやがって、なんなんだ。
エドワードはひとり、青くなったり赤くなったりした。よくよく考えてみればいくらなんでもあれはやりすぎだっただろうというか、ほだされすぎた。どうかしていた。最初に一番どうかしていたのはアルフォンスだったのだが、自分までアルフォンスに付き合う必要もなかった。だが。
アルフォンスの体温。自分の鼻先を擽る、少し固めの髪。汗ばんだ手のひら。叩きつけられる肉。揺さぶられるのと同じリズムで耳に入ってくる浅い呼吸。力強い、自分を逃がそうとしない、腕。
エドワードは声もなく呻いた。自分の記憶力を少し呪った。髪の毛を机に擦り付けるようにずるずると引きずって、細い息を吐き出しながら自分で自分を抱き締めるように腕を回した。
何してんのかな、あいつ。逢いたいな。寝てんのかな。逢いたい。
すぐそばの部屋のアルフォンスに逢いに行かないのは、少しでも恋に近い想いを抱き始めているゆえの恥じらいが原因だと、エドワードが思い始めるのはそう遠い未来のことではない。