WESTERNER A GO-GO!









「ああ〜〜! 今日も疲ッれたぜ〜」

 十二支高校野球部部室に、その台詞の内容とは逆に、張りのある逞しい男の声が響く。タオルで額を拭いながらどかっとベンチに腰を下ろした彼を、牛尾は微笑ましく見つめた。

「お疲れさま」
「おうよ、ホントにな。だッれかさんが張り切って飛ばしてくれちゃって」
「君がね」

 制服のカッターシャツに着替えて、ボタンをとめながら牛尾はくすくすと笑った。

「猿野くんと居て楽しいだろう」
「My God! 天下の主ッ将様が言うジョークとは思えねえ」
「でもホントに頑張ってたよ。この調子でいけばきっと…」
「オレが十二支高ベィスボゥル部サード☆レギュラー確定だな!」
「ああ獅子川くん、星はつのだ☆ひろと虎鉄くんで十分だから」
「虎鉄をそんな目で見てたのか?!」
「いや、見てないけど。獅子川くんは優しいねえ」
「優しさなのかよ!!」

 ベンチの背もたれから背中が離れているのに気付いて、獅子川はかぶりを振って後ろに倒れ込んだ。

「はぁ〜イカンイカン。まッたお前のペースじゃねーか」
「僕が悪いことしてるみたいな言い方だね」
「してるさ。あ〜あ、してるとも! してますとも!」
「何だい、いきなり」
「……牛尾よぅ」

 いきなり獅子川の声のトーンが落ちた。気配が近づいたのに気付いて、牛尾はロッカーの扉にかけた手を止める。獅子川はいつの間にか背後に居る。

「あの約束だ。答えを聞こう聞こうと思ってははぐらかされてる。今日は聞くぞ」
「……」

 する、と腰に手を回されて引き寄せられる。自分が抵抗しないことを見通していたかのような、無駄のない動き。後ろを少しだけ振り向く形で、牛尾は静かに言った。

「背。伸びたね」
「一年も経ちゃーな。オレはそれだけ待った」
「僕を待ってたわけじゃないだろう」
「妬いてンのか。進歩したな」
「……っ、」

 いきなり耳元に、獅子川の熱く響くテナーが注ぎ込まれる。牛尾はびくりとして身体を捩った。

「相変わらず弱いな。変わってねえ」
「判ってるんなら……しないでくれ」
「キャプテン様、そいつぁ無理な相談ってモンだ。カーブに弱いバッターにカーブを投げるなって?」

 獅子川が尚も深く低い声で囁いてくるので、牛尾は身体を曲げてそれから逃げようとする。だが獅子川の力強い腕は、牛尾をしっかり捕らえて離さない。

「旅に出る前にオレはお前に言った。好きだ、オレのモンになれ。お前は言った。君が帰って来てから答えるよ、と」
「……ん、」
「なぁ、牛尾」

 ぞくぞくと身体が震えているのが判る。体温の上昇も胸の鼓動も、多分伝わっている。

「オレが嫌いか?」
「……嫌いじゃない」
「オレにこんなことされるのは、イヤか?」
「君は……僕が本当に嫌がることは、いつだってしなかった」

 その言葉を聞いた途端、獅子川は声を弾ませて言った。

「判ってるじゃねえか! さッすがはオレの永遠のライバル、牛尾主将。さ、その続きをとっとと吐いちまえ」
「あのねえ獅子川くん、僕にだってプライドはあるんだよ」
「そいつは素敵なことだ。だからお前が好きなんだぜ、牛尾」

 嫌いじゃないと、その一言を言っただけで化けの皮がはがれるというか……この浮かれっぷりはどうだ。彼はやっぱり自分で言うように2枚目じゃないな……牛尾は抱き締められながら、思わず吹き出した。獅子川は眉を顰める。

「なッ…何かオレは可笑しいことを言ったか?!」
「いや。君がちっとも変わっていないことが嬉しくてね。つい笑ってしまったよ」
「変わってない?!変わってないだと?!こんなに背も伸びて逞しくなって得意のセクシーボイスも格段にパワーアップして帰ってきたっていうのにか?!」
「それはそれとして、変わってない」
「な、何故……主将、流石にきッびしーぜ……」

 抱き締めたまま、牛尾の肩にがっくりと顔を埋める獅子川を、牛尾は笑ってぽむぽむと叩いてやった。ひと呼吸おいて、牛尾は普通に言った。

「好きだよ、獅子川くん」

 獅子川はガバッと顔を上げた。そのまましばらく固まってから、ぐいと牛尾の身体を自分に向けさせて、獅子川は牛尾を見た。しばしお互いが見つめあう。獅子川が至極真面目な顔になった。

「今なんて言った?」
「君が好きだよ。僕の負けだ」
「…………ッッッ!!」

 獅子川が天を仰いだ。拳を握り締め、はらはらと涙を流し、何やらガッツポーズをしている。彼には多分、ラッパを吹き鳴らして天から降りてくる天使でも見えているのだろう。飽きないなあ、と牛尾が見つめていると。

「牛尾。もう一回だ」
「何が?」
「もう一度さっきの言葉!」
「君が好きだよ」
「………も、もう一回………」
「好きだよ。今まで黙ってたけどね」

 ああこういうのを男泣きっていうんだろうなあと、興味深く牛尾は目の前の男を見つめた。ひとしきり幸せを噛み締めているであろう獅子川は、自分の存在にこれほどまでに関わっているなんて、考えもしなかったんだろうな、とも思いながら。

「えーとそれでは失礼して。牛尾。オレも好きだぜ!」
「ありがとう。じゃあそろそろ日も暮れかけてきたから、帰ろうか」
「あっさり!!!」

 ガビーンという擬音を残して、最後に獅子川は灰となった。ように見えたが、彼だってやはり一筋縄ではいかない男を豪語しているわけだから、これで終わるハズがない。





 お楽しみはやっぱり、最後にとっておくのが筋というものだ。