僕は多分、自分が何をやっているのか、判っていないんだと思う。掠れる声、濡れる肌、歪む背骨、どれが僕でどれが子津くんか判らない僕のことだ、何も判らないんだ。僕は子津くんに唇をあわせる、夢中で搦め合って息も出来ない、僕は何をやっているんだ? 子津くん、子津くんがすき、僕はどうしたらいいか教えて。







 君と一緒になりたいんだ、初めて子津くんと肌をあわせた夜に僕はそう言った。そんな気がする。ただ子津くんは目を伏せて僕を抱き締めてきた、僕は子津くんに抱き締められたあと何故か涙があとからあとから溢れて止まらなくなって、泣きじゃくっている間、子津くんはずっと僕を抱き締めていた。







 この液体はどこから溢れてくるんだろう? 躯全体が泣いているみたいだ、子津くんとひとつになっている間、僕はほんの少し考えた。いや、考えることができたはいつだ? 子津くんは僕をかき混ぜてくれる、余計なことを考えられないように。子津くんは僕を哭かせてくれる、余計なことを喋れないように。子津くんは何もなかった僕の中をたくさんのあたたかい気持ちで埋めてくれる、僕がなくなってしまわないように。子津くん、子津くん、僕は君の名前を呼ばないと生きていけない。時計の針は止めてしまっていいかい? 君ならできることなんだ。







 子津くんが生きている証はどこにあるんだろう、僕の生きている証は? この胸の鼓動と、お互いの息遣いがこの世界にあるだけだ。僕は耳を澄ます、子津くんがいるのが判る、僕に判ることはきっとそれだけ。潰せないけど潰す気持ちで子津くんにしがみつくと、耳元で名前を呼ばれる。僕は譫言のように返事をする。返事をしている僕をもうひとりの僕が見ている気がする。僕の頭の中は真っ白で、子津くんがいて、子津くんがいるだけ。僕は君の中にいる、君は僕の中にいる。そう思っていて、いいかい? 君にしか聞けないことなんだ。







 僕は子津くんの髪の毛を掴んで何かを叫んでいる、きっと子津くんにしか聞こえていない、僕には聞こえないことを僕は叫ぶ。僕は知らなくていいことを子津くんに知っていてもらおう、僕はこれ以上、君以外のものを僕の中に入れたくはない。子津くんは僕の名前を呼んでくれる、僕は返事をする、それだけでいい。子津くんが僕の名前を呼んでくれる限り、僕はここにいていい。子津くんを感じているんだ、邪魔をしないで。子津くんがいればいい、子津くん以外はいらない、邪魔をしないで。







 空気が透き通るほどに、自分の身体も透き通ってしまうくらいに冷たい冬の朝に似ている、僕の情欲、どうしようもなく身体が熱を帯びるのは空気の所為だ。もっと冷たくなればいい、もっと熱くなればいい。何も考えられなくなるまで君を感じていよう、僕にはそれしか方法がない。子津くん、いいかい、僕にはそれしか方法がないんだ。君は僕だけを見ていればいい、それ以外のことをする必要はどこにもない。君は僕だけ、僕には君だけ。僕の声が掠れて来て音を発しなくなっても、君は僕の中に居続けて。


 君に堕ちてはいけないと、誰が言った?







 僕は唇を噛み締めて滲む、痺れるような幸福を味わっている。








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