抑えきれない衝動と、目の前にいる存在が今一番自分を意味あるものにしている事とは、対立しないのだ。
『あなたのてのひらが抱える僕への癒し、またはその逆』
「………く、ふっ」
その紅い唇から漏れる声は、子津の聴覚を幾度も刺激してやまない。指先に触れる体温が心地よいからと思わずその薄い胸に頬擦りすると、しどけなくベッドに両手を投げ出していた御門は深い息をついて、子津の背にゆるやかに腕を回した。はっはっと上下する御門の胸に耳を当てて、その鼓動を聴いた。御門はしばらくそのままでいて、ふ、と笑った。
「判るよね、こんなにドキドキしてる」
子津がはいと呟いて、動かないままでいると、御門はくすくすと笑った。
「もう。恥ずかしいよ、もういいだろう?」
「……いい音なんすよ。僕はこの音、すきっす。御門さんの、音だ」
子津は御門の胸に唇をあてる。少しずつ移動して、右や左、肩、首筋、そっと指と唇を這わせてゆく子津の髪の毛を漉きながら、御門は天上を仰いだ。皮膚が薄くなっている部分には、決して触れて来ない。だが、動悸は納まらない。少しづつ、少しづつあがってゆく。
(子津くんが、僕の躯に触れている。)
「子津、くん」
ぎゅ、と子津は髪を掴まれて動きを止めた。御門が、じっとこちらを見つめている。彼が口を開くのを、子津は視線を逸らさずに最後に一回緩く口付けてから顔を上げ、待った。
「子津くん」
「ここにいるっす」
何だか普通の呼び掛けでは無いような気がして、子津は思わずそう答えた。御門がぱちぱちと瞬きするのを見て、自分が御門のてのひらを握っていたのを見て、うわ、間違ったかなと頬に血が昇る。
御門が、笑った。そうだね。いてくれてる。
そう言って、御門は目を閉じた。子津は御門のてのひらをきつく握ったが、御門はそのまま目を瞑っていた。そのてのひらは、子津をしっかり捕まえている。
「二人でなきゃいけない、一番大事な時に、二人は相手を見失うだろう?」
御門は前に、セックスは嫌いだと子津に言った事がある。子津はその言葉を聞いて、何とかしなきゃなと強い焦りの気持ちを抱いた。そういう御門の声が、瞳が、姿が、あまりにも、助けを求めているような気がしたのだ。
「それが、哀しいんだ。」
「哀しくても、いいじゃないすか。僕は、御門さんが好きっす。これは変わらないんす。楽しくても嬉しくても泣きたくても哀しくても変わらないんす。僕は御門さんのことが好きなんすよ」
「僕も子津くんが好きだよ、でもどうしてだろうね、哀しいんだ」
子津は何を言おうかと思った。何を言えばいいんだろう。御門さんは何を言うんだろう。自分は何を言ったら
「子津くんが、好きなんだ」
御門はそう言って、片方の瞳から涙をひとつ零した。
御門の躯はあまり日に灼けていない。静脈が透き通るのを見て、子津は一瞬邪魔だなと思った。ただの白い肌じゃない。僕みたいだ、そう思って唇を押し付け、つよく吸い上げる。
「………っ、」
御門は大袈裟な程に躯を曲げた。きつく掴まれた肩、御門のてのひらに自分のてのひらを載せて体温を移す、御門は目を瞑っている。自分が今何を考えているのかがハッキリと判る、子津の背中は冷たく熱されてゆく。
「御門さん、僕は何をすればいいんすか、教えて下さい」
御門は目を開いた。その睫毛は長く、少しの震えでもすぐ判る。御門は震えている。違う、こんな事を言いたいんじゃない。
「貴方を好きだから間違いたく無い、言わなきゃ判らないっすよ」
……違うんだ。
初めてキスをした時、御門からねだったのに、震えていたのは御門だった。子津はその時に、この人からは離れないでおこうと思った。
気付けば自分は御門の手を持って緩く引き寄せ、ひとことひとこと言い聞かせるように、半ばあやすように囁いていたのだ。
「貴方を、好きに、なります」
「うん」
御門は泣くように笑った。繋いだ手をぎゅっと握り締めて、御門は目を瞑った。……うん、と御門は何度も頷いた。この人はどうして泣いているんだろう。その時の子津には判らなかった。ただ、自分の目の前にいる、見えない涙を流しているひとが自分の手を握っている。その手がとても暖かいことを、子津は感じていた。
御門が何かを叫んでいる。これは嬌声だ。子津は御門にそう教えるように、口に含んだ彼自身をつよく舌で扱いた。
「……っく、うっ、あっ」
びくびくと痙攣する御門の白い太股を肘で押えると、その反動で更に御門は刺激された。あ、とひときわ切なく泣いて、御門は滑らかな首筋を仰け反らせた。艶やかな御門の髪が、白いシーツに散らばって良く映える。
喉の奥から掠れ出る御門の甘い喘ぎに耳をくすぐられながら、放出される精液を子津はゆっくりと飲み下してゆく。一滴も唇から漏らさぬよう太股に手を更に絡ませて上体をぐっと前に出すと、御門は上気した頬を左右に軽く振って、快感への歯止めを訴えた。
「や、も」
駄目ですよと言いたげに子津は左の指を御門の腰辺りに這わせた。御門がシーツを握りしめる音がする。
いっそ、あなたが僕の事を好きではなくとも良いのだ。
僕はあなたを今以上につよく想う。
この想いが邪魔で聞こえるはずの旋律をあなたに送れない。
あなたを愛する事を赦された人間だったら良かったのに。
僕が何をするにも手探りだってこと、悟られちゃいけないんだ。
「子津くんのことを好きになって、良かった。」
子津ははっとして御門を見た。やっと呼吸が落ち着いた様子で深呼吸をして、御門は目を瞑った。その唇は艶やかに濡れ、緩やかな弧を上に向かって描いていて、また子津の胸の奥を柔らかに滲ませるのだった。
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