子津くん、キスしよう。
僕のいとしい人、君を感じるために、僕の事を感じてもらうために、
暖かい、君のくちびるを僕に頂戴。
僕は目を閉じよう
それが僕に取っての全てになるように。
子津くん、キスしよう?












 目を瞑って、それだけのせいかつ。僕達に必要なもの Blind Life.











 目は口ほどにものを言うとは良く言うけれど、と子津はぼんやりと思った。はっきり言って、唇は口ほどにものを言う。目の前で柔らかな寝息を立てている牛尾のくちびるは、まだ、乾かなさそうだ。まあ、その、それほど、していたわけだけれど。
「………………」
 牛尾のくちびるを見つめる。寝顔も見ているけれど、中心は唇だ。自分の唇で啄んだ途端、熱くて温くて冷たくて、熱くて、すべてを頬張ってしまいたい衝動に駆られる。溶けたバターを小さい頃に食べた事があるが、その時の感動にとても似ていた。
 子津くん、好き。子津くん、大好きだよ。
 唇を合わせている間、牛尾のくちびるはこう言っている。最初は泣いているのかと思ったが違った。思いが強く流れ込み過ぎたのかも知れないね、とあとで牛尾が苦笑いした。
『どうしてくちびるが紅いか知ってるかい』
『どうしてっすか』
『目印になるだろう?』
 特に僕はこれだけ紅いから子津くんに間違えられなくて助かってる、確かにここに、くちびるにキスしてもらえるからね、そう言って嬉しそうに笑った。
『ま、間違えたりしないっすよ』
『ふふっ。それは冗談としてもね。くちびると言う部分は、皮膚が薄いんだ。だから紅い。触れた時にそのものを強く感じる事が出来る。そういう部分と言うのは、普段、衣服に隠されていて外には出ていないだろう?』
 セックスは時間と場所が要るけど、と言って牛尾は笑った。好きな時に、すぐに、好きな人と大事な部分を触れあわせられるように、神様が考えて創ってくれたんだ。
 子津は更に思う。からだの他の部分でキスをしないのは、そういう時にくちびるが一番要らないからだ。何も喋らないのに、これだけ伝わるのだから、唇の仕事は、そういうこと。胸はあわせていればいい、腕は抱き締めていればいい、唇は、重ねていればいい。






 牛尾が目を覚ました。子津はしまったと思った。吸い寄せられるようにして、わずかに牛尾のくちびるに自分のくちびるが触れていたので。
「子津くん、今から強姦?」
「ち、ち、違」
 真剣に真っ赤になって手をばたつかせる子津を見て、牛尾がくすくすと笑った。そのあと、わずかに唇を尖らせてみせる。
「残念」
「……御門さん!」
 ちょっとあんまりだと名前を呼ぶと、牛尾はこちらに身を乗り出して来た。子津がきょと、その瞳を見つめていると、かすかに、キスしよう、という形にくちびるが動いた。そのなめらかな美しいかたちに、子津はうっとりと見蕩れた、その隙に。
「………ん」
 子津くん、ちゃんと居る? 甘く重ねるくちびるはそう語る。僕はここに居るよ。確かめて。
 ここにいるっすよ。牛尾の上唇を吸い上げて、子津は答えた。あなたの居る場所に僕は居ます。判るっすか?
 牛尾は幾度もくちびるをあわせては離し、あわせては離しを繰り返す。子津が捉えようとするのをするりと逃げ、かと思えば自分から甘く噛み付いてくる。思い通りにならない愛しさにかすかに子津が笑うと、傾けた頬にあたる牛尾の息も震え、笑っているのが判る。牛尾は子津のてのひらをやわらかく掴み、そのまま体重をあずけるように子津ごとベッドに倒れ込んだ。衣服の上からじんわりと暖かな体温が伝わり、牛尾の重みが心地良い。抱きとめるかたちで背中に腕をまわすと、牛尾は子津の首に腕を巻き付かせ、角度を変え更に深く舌を差し入れる。子津が舌に力を入れるのをやめると、待ち兼ねたように柔らかなそれをちゅう、と音をたてて吸い上げた。
 しばらくの間くちびるで戯れて、牛尾がそっと言った。
「子津くん、大丈夫? 勃ってない?」
「えっ? い、いや…大丈夫っす」
「本当に? 無理しないで言ってね、その時はちゃんとイかせてあげるから」
「へっ……いや、あの、大丈夫っす。今日は…不思議と落ち着いてる」
「そう。良かった。僕と一緒だね、今日は何となくこうしていたい」
 かすかに乱れた息の下、牛尾は頭を子津の首元に預けた。
「贅沢だね、せっかくのこんな時間に、セックスしないなんて」
「たまには、いいんじゃないすか」
「ふふっ、そうだね」
 牛尾が顔を上げて、子津の顎を見上げた。のそのそと子津と同じ目の高さまで覆い被さった体を引き上げて、視線をあわせる。
「ねーづくん」
「はいっす」
 返事をもらった牛尾は、嬉しそうにまた子津に抱き着いた。子津は、ああもう、と嬉しいのと呆れ返るのと両方の溜息をついて、牛尾を抱き締め返し、髪を撫でて、それから牛尾を抱いたままごろりと寝返りを打つ。
「うわ、……あははっ」
「御門さん。」
「はい」
 牛尾を下に、軽く左手を牛尾の肩に置いてじぃと見つめる。
「ボク、あなた以外に、何も見えないんすけど」
「うん、僕もだよ?」
「……はぁ。……えーと、どうしたらいいと思います?」
「どうもしなくていいんじゃないかい?」
 勝てないなあ、と子津は少し憮然とした。いや、判っていた事だが。今更の事なのだが。牛尾は笑っている。
「何言おうか、考えてる?」
「はぁ。」
「じゃ、キス。」
「はぁ?」
「キスしたら、判るでしょ、……ん」
 この口が、と思って子津は最後まで言わせずに口を塞いだ。歯茎の裏あたりを舌で擦り、そのまま整った前歯に噛み付くように吸い上げる。牛尾は歯の付け根が弱いのだ。掴まれた二の腕が震える。
「……はっ」
 そっとくちびるを離すと、牛尾は一息ついて、半分開いた目はとろんとしている。
「気持ちいい」
 もっと、とせがむ牛尾を制して、子津は額を額にくっつける。
「で?」
「?」
「ボクの言いたい事、判ったんすか?」
「そんなこと、言ったっけ」
 くふふ、と牛尾は笑い、子津の首に腕を回して甘えるように唇を差し出す。軽く唇をあわせてやりながら、もう、と子津が閉口していると、今度は牛尾が子津に抱き着き、右肩を下に押し付けている。体勢を入れ替えたいらしい。動きにあわせて寝返りを打ち、牛尾のしたいようにさせてやる。牛尾は子津の頭の両脇に手をつき、笑った。
「こうしてる方がいいな」
「何でっすか」
「どきどきするんだ、何だか子津くんを征服してるみたいで」
「こんな事しなくても、征服されてるんすけど」
「そうだっけ?」
「そっすよ。判ってるくせに。」
「バレてたかー」
「バレバレっすよ。…………で、どきどきしてるんすか?」
「うん」
 子津はにやりと笑う。
「それも、いつもでしょう?」
 牛尾は可笑しそうに笑って、大正解、と言って子津の首っ玉に抱き着いた。

 時折目を瞑ってみる。浮かぶのはいつもあの人で、そうするとあの人が抱き着いてくるのが判る。何寝てるの、勿体ないなぁ。子津が目を開けるとにっこりと笑う。結局目を瞑っても開いていても同じことだ。目を瞑っていることの意味を、子津は知らない。